言いたいこと言えない

きむらさとしの日記

謙遜地獄

「今日の演奏、すごく良かったですよ!」
「いやいや、全然ですよ。めっちゃ失敗しましたし」
「…」

「あなたは色んな人と仲良くて信頼されてるんですね!」
「そんなことないですよ、本当は全然好かれてなんかなんです」
「…」

褒めても褒めても逃げていく。
果たして僕たちの旅に終わりは来るのだろうか…。
そう思わざるを得ない「謙遜地獄」が時折人間界に降りてくる。生前から体験できる、生き地獄シリーズの一つである。

謙遜地獄は、人に宿る。
そしてそれは大抵、評価される人に宿る。
だからいくら褒めても、具体的に良さをあげても、全く歯が立たない。
地道な褒め攻撃を数ヶ月継続して行うことで、やっと効果が得られるのだ。

かくいう僕もバリバリに謙遜地獄だった。
僕自身は納得していない時もあるが、単純に「僕ごときが褒められてはいけない」という謙遜地獄の渦中にいる人の常套句をベッタリとこころに張りつかせてるもんだからお手上げだ。

知人「今日、すごく良かった!楽しそうにやってるし、前より断然上手くなってるよね!」
僕「いやいや、そんなわけないよ、今日もうボロボロだったし、下手くそで下手くそでもうね〜〜」

…今思えば怒鳴り散らして縄で縛って木に吊るしてやりたいくらい情けない。

謙遜地獄の人は、真面目な人や、自分へ厳しい人が多い(まれに、ほんとは褒められたいから上手く誘導して言わせる人もいるが)。
だからきっと彼らの言葉は本音や、今日のおさらいとしての発言なんだろうけども、
褒めてくれる人からしたら正直困りの極みなのだ。少なくとも僕は。
特に、同じアーティストや音楽仲間、気心の知れた友達にポロっと言ってしまうのはいたしかたないとして、
わざわざ家から出かけて、歩き、改札を抜け、電車に乗り、赴いてくれているお客さんに向かってそういう謙遜地獄を発動するというのは、結構高めの料理店で、楽しく食事をしている所にシェフが「今日はデキが最悪なんです…」とわざわざ言いにくるに等しい。
そんなことをしたら、じゃあ出すなよ!という至極真っ当なお叱りの言葉を受ける。

そしてそんな店には二度と行かないだろう。

その日のコンディションや、トラブルによってダメだったということは多々ある。
それでも僕らみたいな立場の人間は、あくまで褒めの言葉には「感謝」をまずしなければいけない。
どんなに納得いかなくてもどんなに悔しくても、とりあえずその先になんていうかは後にして、「ほんとですか!ありがとうございます!」と言うべきだ。
言えないなら、出直してこい。

お前は何様のつもりだと言われては太刀打ちできないが、僕はダメでもダメなりに楽しませる努力をしてそれが伝わったのなら、
その日の演奏に納得いかなくてもとりあえず満足だ。
技術面の後悔はいくらでもできる。帰って練習して次につなげるまでだ。
でもその日のお客さんの言葉はその日にしか聞けない。
それを僕はできるだけ全部聞いて、頑張る糧にしたい。
その言葉に生かされているのだから。

謙遜地獄というトンネルを抜けたら、きっと気持ちの良い景色を見ることができるはずだ。