言いたいこと言えない

きむらさとしの日記

粘土細工に恋をして

家にいることが多いせいか、
昔ことを良く思い返す。

最近思い出したのは、僕の初恋の話。

皆さんはどんな初恋の思い出があるだろう。
苦い記憶、愛おしい日々、切ない会話…
それぞれの中でさまざまな物語が頭を駆け巡る「初恋」という言葉。

そんな僕の初恋は一方通行の片思いだった。
恥ずかしながら相手はテレビの中の人。
…というか人ですらない。
粘土細工のアニメーションだった。

もう遥か昔の記憶なので、一部脚色されていると思うけれど、あれは多分3歳の頃。

年相応に、NHK教育を見ていた時。
彼(?)は突然現れた。
そう、タルピーである。

…知らないとは言わせない!
あの子供から大人まで楽しませる「プチプチアニメ」内で放送されていた、現在放送されている「ナッチョとポム」のオリジン、
「タルピー」だ!!!!!!

彼は万能だ。
僕が初めて見た時はたしか、消防士になる回。
彼は粘土細工という変幻自在の体を駆使して、消防士がいかに大変でかっこいい仕事なのかを伝えてくれた。
というか、当時の幼い僕にはそんなの関係なく、彼のその不思議さに惹かれた。

しかし、それからすぐにタルピーは姿を消した。
タルピーは1994年まで新作が放送されていたものの終了し、たまに再放送がやっていた程度だった。
まるでガンダムの再放送で盛り上がる世間のようだ。もっと親が早めに僕を生んでいれば、僕はタルピーリアタイ勢になれたはずなのに!

とにもかくにも、再放送さえ終わってしまったタルピーのことが、僕はずっと忘れられなかった。
小学校入学直前に、タルピーと遊園地デートする夢を見た。
彼は観覧車の中で僕の欲しかった「アンパンマンのあいうえお教室」をくれた。
めちゃくちゃに嬉しくて余計に忘れられなくなり、しかしその頃はネットも家になく調べる術も無かった。

そして時は流れ、僕は小学生になり、
気づけば高学年になっていた。
当時の僕は家庭の事情で父方の実家の学校へ転校し、田舎ならではの厳しさに完敗し不登校だった。

毎日、不満を解消するためネットでオタ絵を漁り、絵を描き、たまに出かけるドラム教室で外の空気を吸っていた。

そんなある日、ニコニコ動画で好きなアニメのMAD動画を探していた時に、あるものを見つけた。
「アートアニメーション」という、謎のタグ。

気になりクリックすると、見たこともない変なアニメの数々。
チェコ、ロシア、フランス、ドイツ、アメリカ、中国…
色んな国の、なんだか珍妙なアニメが怒涛のように出てきた。
そういえば小学校2年生の時に「チェブラーシカ」のDVDと、「チェコアニメの新世界」という雑誌を買っていたな、と思い
倉庫から引っ張り出した。
雑誌を買ったのは、小さく「タルピー」が掲載されていたから。

「このタグを辿れば、また彼に会えるかもしれない…」
そう思った僕は、ニコニコ動画のアートアニメのタグの海に潜った。
毎日毎日、色んな国の不思議なアニメを見て、タルピーを探した。
そうこうしていうちに、
ヤン・シュヴァンクマイエル、ユーリ・ノルシュタイン、イジートルンカガリー・バルディンなどのアニメ沼に溺れ、いつしかタルピーを忘れてしまった。

そして高校生。
中学生までこんなアニメを見て拗れきった僕は、アートアアニメーターになりたいという夢を抱き、地元のデザイン科のある高校に入った。
そして、他の生徒との歴然の差に苦しみながらも、デザインやデッサンの勉強に励んでいた。
友達から勧められたアニメや漫画、作家を片っ端から掘り返して、勉強する日々だった。

そんなある日、いきなり兄が部屋に入ってきた。
「おい!!!いいもん見せてやるから来い!」
なんだなんだどうした、と兄の部屋へ行くと、そこには懐かしいシルエットが。

タルピーである。

少し前に、兄にタルピーの話をしていて、
YouTubeで検索をしたところ、イタリアかどこかのアカウントが掲載していたらしい。
タルピーの作者である湯崎夫沙子さんは、活動拠点をイタリアにうつし、
タルピーの子孫のようなキャラクターが絵画などを紹介するアニメを制作していた。
それのおかげで、イタリアのファンが誰かが載せてくれたのだろう。

僕は泣いた。
いや、マジで本当に泣いてしまった。

10何年越しの再会である。
今見たら古くなってしまった映像は、
僕を初めて彼と出会ったあの日に引き戻させた。

今現在はまた削除されてしまったのか、見つからなくなってしまったけど、
あの時再会できたことが今でも嬉しくて仕方ない。
彼のせいで僕はチェコ、ロシアアニメの奇妙な魅力にハマり、性癖は歪み、風刺アニメを見たらなんか知らないけどドキドキしてしまう変な身体にしてしまったのだ。
そしてNHKにタルピーの放送フィルムをくれと何度もメールをしてしまうような学生にしてしまったんだ!

また、どこかで会いたいな。
タルピー、湯崎夫沙子さん、お元気で…!

P.S.ナッチョとポムは認めない